枝垂桜
— 柔らかな枝ぶりに、春への願いを重ねた文様
桜は、日本では古くから特別な木とされてきましたが、最初から“花の象徴”だったわけではありません。奈良時代までは、庭木としても詩歌の題材としても梅が中心で、桜は山に咲く野生の花として親しまれる存在でした。
転機となったのが平安期です。春になると山桜が一斉に咲き、山全体が薄い霞のように色づく光景が、貴族たちの美意識に強く響いたといわれています。これをきっかけに、桜は「春の象徴」として次第に和歌や物語に姿を見せるようになり、やがて人々の間でも“希望の季節を告げる花”として広く愛されるようになりました。

なかでも枝垂桜は、長く伸びた枝が静かに垂れ下がる姿から、古くは神霊が宿る木として特別視された地域もあります。人々はその優雅な佇まいに、豊かさや長い繁りを願い、文様としても好んで扱ってきました。
本図案(明治38年刊行の図案帖)では、枝垂桜の枝ぶりが、大胆かつ流れるような曲線で表されています。背景に見える柔らかな線は、桜の枝先を意匠化したもので、花の重なりや枝のしなやかさを引き立てる役割を果たしています。写実に寄りすぎず、桜らしさだけを残して形を整えていく——明治期の図案家らしい、洗練されたデザイン感覚が感じられます。

枝垂桜は、その咲き方にも「穏やかな時の流れ」や「未来への明るい願い」が重ねられ、吉祥文様として現在まで大切に受け継がれてきました。たおやかに枝を垂らすその姿には、時代を越えて人々の心を静かに励ますような力があります。



