器物文
— 暮らしの道具に息づく、小さな願いと明治の趣
器物文は、筆や硯といった文房具から、陶器・茶道具、花器、調度品に至るまで──
人々の暮らしのそばにあった道具をそのまま文様化したものです。

今回の図案は、明治25〜30年頃の図案帖に収められた多彩な器物を集め、 ひとつの画面に再構成したもの。 そこには、新しい意匠を楽しんだ明治の人々の好奇心や、美しいものを愛でる眼差し がそのまま映し出されています。

器物文が広まった背景には、明治期の急速な時代の変化があります。
海外との交流が増え、西洋の技術やデザインが一気に流れ込んだことで、やきものや金属器、調度品は驚くほど多彩に発展していきました。新しい形の器が現れれば、それを面白がって写し取る。
暮らしの中で好まれた道具があれば、縁起を託して模様にする。
器物文は、そんな 時代の好奇心 と 日々の営み がそのまま映し出された文様です。
実は、器そのものにも古くからさまざまな吉祥が託されてきました。
- 壺・甕(かめ) …「福を蓄える」「家が満ち足りる」
- 茶器・湯釜 …「客人をもてなす心」「円満」
- 花器 …「四季を楽しむゆとり」「繁栄」
- 文房具 …「学問成就」「子どもの成長」
つまり器物文は、身近な道具の姿に、静かな願いを重ねた吉祥文様 でもあります。

この文様の面白さは、器の描写を追うとよくわかります。
同じ壺でも、古典的な和の意匠があれば、どこか西洋風のフォルムもある。博覧会文化の影響で、外国製の花器や金属製品を写したものまで混ざっている。まさに、明治の 「新しいもの好き」 な空気がそのままデザインに表れています。図案を眺めるほど「当時の人のときめき」が伝わってくるようです。

今の私たちが見ても、これらの器はどれも形が愛らしく、当時の職人の遊び心や美意識がそのまま息づいています。日常の道具をそのまま模様にするという発想は、暮らしそのものを大切にしてきた日本らしい美意識 の表れでもあります。
器物文は、過ぎ去った時代の暮らしぶりと、人々の願いが重なる文様。
明治の人々が手にしていた器の気配を、そっと今に伝えてくれるデザインとなりました。






