— 春を告げる鳥、豊かさを招く吉祥のかたち
草花が芽吹きはじめる春の野を、そっと歩く数羽の雉。大きな木々の間に佇む姿が描かれています。
大正初期の西陣帯の図案らしく、写実すぎず、どこか絵巻物の風景を思わせるやわらかなタッチが魅力です。
雉は日本の国鳥であり、古くから人々の暮らしのそばにいました。とくに知られているのが、その強い母性愛。巣を守るため、雛を守るため、危険が迫れば大きな声で鳴いて注意を引く。その献身的な姿は、「家庭を守る」「子どもを育む」といった象徴として語られてきました。
また、雉は繁殖力が高く、豊穣・子孫繁栄の吉祥の意味を持つ鳥でもあります。農村の春の風景にも溶け込んでいたことから、「雉の声が聞こえると豊作になる」そんな言い伝えさえ残っています。
雉は古来の物語や和歌にも数多く登場します。たとえば『日本書紀』には、天皇のもとに雉が現れ、国の乱れを知らせたという逸話が残っています。
“先の見えない不安を知らせる鳥”として描かれる一方で、“春の訪れを告げる鳥”として親しまれることも多く、日本人にとってどこか“気になる存在”だったのでしょう。
そうした背景もあり、文様では「家を守る鳥」「未来を知らせる鳥」「豊かさを招く鳥」として扱われ、帯や小袖、のちには生活の調度品にまで広く使われていきました。
この図案の魅力は、草木と鳥がひとつの景色になるように描かれているところです。
大ぶりの木々、可憐な野の花、ゆるやかに続く地文様。どれも筆の勢いや滲みが残り、どこか洋画風のスケッチを思わせる、大正期らしい自由な空気をまとっています。
雉は中央に大きく描かれているわけではありませんが、まるで茂みをそっと歩くように、景色の奥行きを作り出しています。その控えめな存在感こそ、雉という鳥の魅力をよく表しています。
春を呼び、家庭を守り、豊かさを願う象徴として描かれた雉の文様。
大正初期のやわらかな筆致によって、どこか“絵本の一場面”のような温かさが感じられます。
静かな野の空気とともに、今も変わらず私たちの暮らしにやさしく寄り添う吉祥文様です。
